お値段どおり・・・○○リ
2017.02.03


ども相性が悪いらしい。

その①
7~8年前
こちら○○リ・草加店(当時は都内になかった)くんだりまで出向き、組み立て棚を購入。

自宅で作業に入ると・・・棚板が1枚足りない。
早速お店に電話すると・・・
お店の人・男性「店は午後9時までやってます。どうぞ取りに来てください」

「取りに来い!?」

ワタシ「○×△□・・・」(比較的憤った言葉)

そのお店の人「じゃぁお持ちします」

その②
子供用衣紋掛けを購入。
やはり棒が1本足りない。→電話して・・・・「部品いりません。捨てます!」(男らしい!&大人げなーい)

それ以来我が家では
「お値段どおり○○リ」・・という名称に変わった。

そして昨日
ベッドマットを購入(性懲りもなく)
カミサン「あれっ?」
空気穴。他は真ちゅうらしき金具での縁取りがあるのだが、1箇所、生地に穴が開いただけになっていた。みっともなく。

またまた電話
オペレーターさん「来週に代わりの品物をお持ちいたします。よろしければ、それまではその商品をどうぞお使いください」

検品はきっと相変わらずだが・・・・・
クレーム処理は確実な進歩をとげていた。

でも我が家の評価は変わらず
「お値段どおり・・・○○リ」

安くてイイ品物なんだけど・・・ちょっぴり何か、どこかが抜けている。・・気がする。
息切れしている。(感想)
2017.01.31

ワタシには友達が少ない。

facebook上のことだが。(←実際も少ない)

しかも「いいね!」の互助会になるのを恐れ、
その友達にも「いいね!」はつけていない。

もらったら、つけなきゃなんないから。(面倒くさい)

ただ、皆さまの投稿を観ることは習慣としています。

・どこにいっただの
・この店はおいいしいだの
・ご自宅の窓からの風景やら

たいへん楽しく拝見しています。



しかーし!

最近、息切れしてませんかってーの。

あれだけ、へたすりゃ毎日・毎食、頻繁・・いやしょっちゅう、もっと言うとしつこく投稿を重ねてきた方々のペースダウンが顕著なのだ!

自分はしてないことは棚に上げてなんだが・・・・

どーした?
飽きたのか?
マンネリか?

皆さまに奮起を望みます。
お年玉年賀葉書・3等切手シート
2017.01.30


1等 セレクトギフト又は現金10万円 100万本に1本
2等 ふるさと小包など          1万本に1本
3等 お年玉切手シート         100本に2本(50本に1本のほうが迫力がでる、・・と個人的には考える)

会社と個人宛で今年も5本もの3等が当たった。そして田原町郵便局でいただいてきました。

毎年思うのだが・・・・しょぼい。
(文句は言えないが)
この2枚を無理矢理シート化してる感も強い。

しかも@¥52切手なんぞ使う場面はそーはない。(というか ない!)
加えて何故だか切り抜きづらい。

と、ありったけの文句だが、

当選させていただいた、
Y.O様
M・S様
(株)SF様
(株)SA様
(もう1枚は弊社が出した返送もの)

皆さま、ありがとうございました。

ワタクシ、そして童心から出した葉書が、どうぞ・・・・・・・・当たっていますように。(祈)





今度は「白」
2017.01.29


10年近く使った。
野ざらし・雨ざらし。
カゴは抜け落ち、後輪ブレーキは、大音声の金切り声をあげ・・・・・そのくせまったく効かない。

スタンドを立てるにも、渾身のケリをいれないと独り立ちもしない。

よくがんばってくれた。

ワタシの通勤車として、社用車、営業車として。

今度はしっかりしたメーカー品を買おうと思ってサイクルショップに出かけたが、
持ち前の貧乏性が結局、「今月のお買い得品」を選んでしまう。
でも好みのストレートハンドルに6段変速をおごる。
これで込みこみ¥21600なら充分ではないか。

今度は「白」

浅草や蔵前あたりで見かけたら
お声をかけておくんなさい。
松方弘樹さんといえば 人形佐七
2017.01.25
松方弘樹さんが亡くなった。

テレビでは盛んに
「代表作の仁義なき戦い・・・・・」と報じられているけれど、
ワタシにとって真っ先に思い出すのは、
その昔、金曜日・午後8時からの
NHKテレビ・人形佐七捕物帳

このドラマはストーリーなどほぼ覚えていない。好きでもなかった。
むしろこのドラマの後の「ザ・ガードマン」を楽しみにしていたくらい。

ただ、1966年2月4日、忘れられぬ事件がおこる。

それは松方弘樹さん分する佐七が、
「火の用心、しゃっしゃりませ」といいながら屋敷の扉を叩いていたその時(・・と記憶、多分)

「羽田沖で全日空・ボーイング707型機が墜落」というニュース速報が入った。
(707はワタシの記憶。実際は727型機だった)

両親、祖母が皆「たいへんだ」と場の空気は一変。
当時8歳のワタシは「墜落」の重大さが認識できなかったが、大人達のうろたえで、得体の知れぬ恐怖を覚えたのでした。


松方弘樹=佐七=727型機墜落

これは今も忘れられない公式なのです。

・・・松方さん。この佐七から最近に至るまで、全然印象が変わらない
ものすごい役者さんだったな。

ご冥福をお祈りいたします。

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